・物語の後に書いた「あとがき」
その「あとがき」の後に書いた「あとがきのあとがき」
その「あとがきのあとがき」のさらに後の物語、「あとがきのあとがきのあとがき」言うなれば「あとがき3」を書くときが来たようである。
・33歳最後の夜、たろう氏はコニタンに告白をした。これはまだ記憶に新しい。
・その行動は一体何を意図していたのだろうか。
・生涯で1番好きになった女性。自分自身の人生を変えてくれた女性。全てを失う覚悟を持って接した女性。
・その全てに当てはまるのがコニタンだった。
・そのコニタンの人間性を慈しみ感謝の気持ちを伝えたい。それがたろう氏の告白の真相だ。
・そして、この告白にはもう1つの目論みがあった。
・それは、コニタンに対する行き場のない想いに踏ん切りをつけることだった。
・現実的に考えれば告白などわざわざする必要はない。飲みに誘ったらたまに来てもらえる程度の仲の先輩後輩の関係でいてもらえればそれで御の字なのだから。
・しかし、いつまでも淡い恋心を持ち続けるのは辛すぎる。結局いつかは気持ちが昂ってそれ以上の関係を求めてしまうだろう。
・それだったらいっそのこと、今の気持ちを伝えて楽になってしまいたい。
・「付き合ってほしい」といった野暮なことを言うつもりはなかった。その答えは聞くまでもなかったから。リアクションが欲しい訳ではなかった。告白したって表面上は何も変わらなくてもいい。
・でも、コニタンならきっと、たろう氏の想いを前向きに受け止めてくれるんじゃないかってと心のどこかで期待をしていた。
・しかし、こう言った行動を独りよがりと呼ぶのだろう。コニタンにたろう氏の思いの丈を理解出来るはずなどなかった。
・告白の数日後、何を思ったかコニタンは突如髪を切った。
・元々切るのがもったいないくらいに短いショートカットだったが、それをさらに短いベリーショートにしていた。
・そして、どこか物憂げな表情を浮かべ明らかに以前とは様子が違っていた。
・たろう氏からの言葉の中に心に響く何かがあったのだろうか。
・あの日以来、コニタンと一言も会話をしていなかったたろう氏であったが、仕事の都合でおじおじとコニタンに話しかけてみた。
・「今日締め切りの資料出せそうかな?」
・その時の彼女の反応はたろう氏が知っているコニタンではなかった。
・顔色が暗い、目を見ない、態度が冷たい、声が小さい、口調がきつい。
・コニタンはあからさまにたろう氏のことを避けたのだ。
・明るい笑顔が可愛かったコニタン。礼儀正しく深々とお辞儀をしたコニタン。穏やかでいつも優しかったコニタン。あの子は一体何処へ行ってしまったのだろう。
・仲睦まじく過ごした夏の出張も2人で食べた晩ご飯も今は昔の思い出。彼女の記憶からはもう消去されているに違いない。
・たろう氏は悲しくなった。自分自身が言い放った「大好きだよ」というたったの6文字の言葉によって、コニタンは変わり果てた姿になってしまった。
・あの時コニタンがたろう氏に見せた笑顔はただの「苦笑い」だったのだ。
・とどのつまり、たろう氏は大好きな子に見事嫌われてしまった。
・こんなに悲しい気持ちになったのは生まれて初めてだ。過去の失恋とは比べものにならないほど辛かった。
・その日以降も仕事中にコニタンから容赦のない避け行為を受け続け、人知れず涙した。
・職場での失恋は身を滅ぼすことも知った。今回ばかりは死のうかと思った。
・本気で死にたくなって「死にたい」とネットで検索したら、無料電話相談の案内がヒットした。
・3月中旬。次年度の部署配属の内示が出され、コニタンは違う部署に異動することになった。
・コニタンの異動は間違いないと確信した上での告白だったが、この日が来るまでの3ヶ月半はあまりにも長かった。
・この状態がもっと長く続こうものなら本気で自害していたかもしれない。
・たろう氏は胸を撫で下ろした。
・ようやくこの苦しみから解放される。本当に良かった。
・しかし、たろう氏とコニタンの間には深すぎる溝が出来てしまった。これから先も仕事で関わる機会は大いにあるのに。
・お互いの仕事を円滑に進めるために、上辺だけでも今の関係性を最低限修復しておかなければいけないのではなかろうか。
・仲直りと言うと少し意味が違う気がするが、長年同じ職場で働いた後輩に先輩からお別れの挨拶くらいしてあげても無礼にはあたらないはずだ。
・そう思ったたろう氏は深酒を飲みながらコニタンにLINEを送った。
・「お疲れさま。前から行きたかった部署に異動が決まって良かったね。」
・「このLINEの返信によってコニタンとの今後の関係性が決まる」そう思うと寝付けなかった。
・気がつくと朝になっていた。ふとスマホを眺めるとコニタンからたった一言返事があった。
・「そうですね」
・画面を見た瞬間、たろう氏は青ざめた。
・この5文字の言葉にはコニタンからの想いの全てが込められていたのだ。
・この言葉は基本的には「同意」を意味する。「あなたと同じように思う。それ以上でも以下でもない」そんな感じの意味だ。
・しかし、この言葉にはたろう氏にとって特別な思い入れがあったのだ。
・たろう氏が入社したてで右も左もわからなかった頃、答えに詰まる質問に対して口癖のように使っていた言葉、それが「そうですね」だった。
・それを見かねたたろう氏の先輩職員は、「たろう氏と言えば、困ったことがあるとすぐ『そうですね』で場を誤魔化してたよなぁ」とたろう氏が成長した今でも酒の肴にしてくる。
・最近は自分でもネタとして扱っており、以前コニタンとした会話の中でも「面倒くさい先輩に絡まれた時とかはとりあえず『そうですね』って言って煙に巻いておけばいいよ」と笑いながら話していたのだ。
・コニタンがたろう氏に贈ったその言葉には「今後あなたと関わりを持つつもりは毛頭ない」という皮肉の意味が込められていたのだった。
・避けられていたのは気のせいだと信じたかった。しかし、甘かった。紛れもない現実を突きつけられたのだ。
・コニタンはついにたろう氏の首を切り落とした。それはあまりにも無慈悲であり優しさを微塵も感じさせなかった。
・そして、首を切り落とされたたろう氏は、ついに理性が崩壊し、ぶっ壊れた。
・「そっちがその気ならこっちも徹底的にやってやるよ」
・以降たろう氏はコニタンから受けた避け行為を倍にして返した。
・「可愛さ余って憎さ百倍」とも言うが、まさにその通りだった。たろう氏のコニタンへの愛情は、その全てが完全なる嫌悪感となってしまったのだ。
・大人しく性格が良い様に見える女性も所詮はただの女。こと男女の関係において、優しい女などこの世に一切存在しないのだ。
・どうしてこんなにも憎らしいのだろう。奴の精神がズタズタになるまで傷めつけてやりたい。
・ほんとムカつくよなぁ。生意気なんだよ。どっからどう見ても処女のくせに。偉そうに。お前なんか一生誰からも抱かれないわ。死ねよブス!
・コニタンに対して憎悪感を抱くことがたまらない快感になってしまった。
・迎える4月1日、お別れの挨拶をすることもなくコニタンは次の職場に去っていった。
・コニタンからの最後のLINEは今でも既読無視したままにしている。
・この半年余りの間、本当に色々なことがあった。毎日悩んでばかりだった。でも、なんだかものすごく刺激的で感情的な日々だった。
・コニタンという女性と関わる中で自分自身の生き方考え方が変わった。
・コニタンがいなければ、たろう氏は家庭に押し潰され消えてしまっていたかもしれない。
・コニタンがいなければ人を愛するという感情を二度と思い出せなかったかもしれない。
・結果的にたろう氏の夫婦仲は改善され、今では2人目の妊活に励んでいる。
・これで良かったのだ。コニタンはたろう氏を正しい道に導いてくれたのだ。
・コニタン、あなたは私の人生の中で1番私を狂わせ人間らしくさせた人です。嫌いになるまであなたを好きになることができた。ようやく前に進むことができそうだ。
・「さようなら、コニタン。...大っ嫌いだよ。」
(3度目の)完