たろう氏のブログ

全てノンフィクションです

【初恋の記憶】

・何人にも平等に一度だけ与えられる経験「初恋」。後に味わうどの恋愛よりも甘酸っぱく儚い初恋の記憶は、決して色褪せることのない夢物語なのである。


・「おれは同じクラスのゆうかの事が最近気になってる」「おれは2組のミクちゃんと4月から付き合ってる」「おれは好きな人いないなぁ...」

・2003年6月。中学2年の林間学校の夜は眠りに就かない小僧が5人小生意気な恋の話に花を咲かせていた。

・「たろう氏には好きな子いないの?」

・「...。いるよ。」「いるの!?誰?」

・「...。いるけど、実は...。」「実は?」

・「この学年にはいない。」「えぇ!?誰?」

・「...。3年1組の文音(あやね)先輩。」


・「文音さん」それがたろう氏の初恋の女性の名前だった。

・この林間学校での恋バナでクラスメイトに暴露するまで、これが初恋という感情であることには気がついていなかった。自分の胸の内に収まっていた気持ちを言葉にして他者に伝えることで想いが昂ってしまう。初恋とは得てしてそんなものなんだと思う。

・この日を境に、たろう氏は文音さんのことで頭が一杯になってしまった。


文音さんはとても美しい人だった。透明感のある白い肌と地毛の茶色いショートヘアが特に素敵で、ぱっちりしていながらも少しだけ垂れた瞳がとても愛らしかった。さらに、身長が160cm近くあり、当時身長が150cmにも満たないチビであったたろう氏から見れば1学年上のこの先輩はスタイル抜群の魅惑の大人の女性に映っていた。

・また、見た目の美しさに留まらず、文音さんはあらゆる才能に恵まれた女性だった。その例を挙げれば枚挙にいとまがない。

・字がとにかく達筆で、廊下に貼られた書道の作品はとても同じ中学生が書いたものとは思えなかった。まるで師範がお手本として書いた様な完璧な字で表彰もよくされていた。

・透き通った声も綺麗で、学内の合唱コンクールでは文音さんの声がクラスのソプラノパートを牽引している様子が見て取れた。また、その声はたろう氏のストライクゾーンど真ん中に響き渡った。

・また、活動しているところを見た事はないが文音さんは剣道部に所属していた。剣を携え戦う清楚系美少女とか時代劇映画みたいでかっこ良すぎる。その見た目とのギャップもまた文音さんの魅力のうちだった。

・言わずもがな学業もとてつもなく優秀で、通知表では全教科で最高評価を取ることもしばしばあったという噂である。

・極めつけに文音さんは生徒会活動にも積極的で学校のためみんなのために頑張る素敵な先輩だった。たろう氏が学年の違う文音さんを知っていたのはそのためだ。


・容姿端麗、文武両道、頭脳明晰の完璧すぎる人。たろう氏の初恋の人はちょっと可愛いなぁという程度の女の子ではなく後に間違いなくこの国に偉大な功績を残すであろう傑物なのであった。

文音さんが初恋の人だったがために、後の恋愛対象女性のハードルが格段に引き上がってしまったのではないかと思うことがある。文音さん以上に魅力的な女性は「絶対に」この世には存在しないのだ。大変失礼なことだが、たろう氏が後に好きになった女性は皆「文音さんには敵わないが」という前置きが密かに添えられた。

・そんな素敵すぎる文音さんだったが、たろう氏とは一切の接点がなく会話をすることはなかった。学年や部活が違うのだから当然である。ただ、あの人のことを想っているだけで幸せな気持ちになれた。運良くすれ違ったりした日には天にも昇る気持ちだった。いわゆる片想いである。

・たろう氏が文音さんをお目にかけることが出来たのは週に何回かの音楽室への教室移動の時間だった。3年生の教室を通りかかる際に中をちらっと覗いて一瞬だけ姿を垣間見るのがとても楽しみだった。

・また、月に何回かはある全校集会も文音さんと会える貴重な時間だった。あのクソつまらない全校集会を毎度楽しみにしていたのは全校でもたろう氏1人くらいのものだろう。

・そして、どうしても文音さんを拝みたいたろう氏は友人と画策して部活帰りを待ち伏せし少しだけ尾行してみたりもした。今やれば間違いなく犯罪行為だが、中坊が若気の至りでやったことについては多めに見てほしい。

文音さんのことが好きで好きでどうしようもない。日に日に文音さんへの想いは強くなっていった。気がつけば、ノートに徒に文音さんの名前を書いてみたり、意味もなくパワプロの選手やポケモンの名前などにも文音さんとつけてしまうほどのガイジになっていた。これらの愚行はたろう氏のみならず誰しもが一度はやったことがあるはずだと信じている。


・冬のとある日、たろう氏は文音さんに告白することを決意した。動機は定かではないが友人に唆されたのだと思う。

・とはいえ、どうすれば文音さんと2人っきりになることが出来るのだろうか。その答えはやはり尾行だった。

・過去に何度かやったのは、文音さんと帰り道が分かれるところまでの数分間少し後ろから眺める程度のかわいいレベルの尾行だったが、この日の尾行はガチだった。

・たろう氏は普段歩かない道を文音さんが友人と別れるまで尾行し続けた。なお、たろう氏の友人もこれに協力してくれた。

文音さんは4人グループで帰宅していたが、道が分かれ1人また1人とグループのメンバーは減っていった。そして、とうとう文音さんは1人になった。ついに勝負の時が来た。心臓が飛び出そうだった。

・「文音先輩!」たろう氏は走りながら文音さんを呼び止めた。「!?」この時の文音さんのびっくりした表情は一生忘れられない。

・「愛してます。」「え!?」「愛してます。」「...。」

・落とし所のない告白に文音さんは戸惑うもののすぐに平静さを取り戻し、こう応えた。


・「ごめんなさい。でも、...ありがとね。」


・淡白だが、なんて美しい響きなのだろう。

・中学3年生の女性の口から咄嗟に生まれた言葉にしてはあまりにも美しすぎた。そして、「ありがとね」と言った時の柔和な笑顔は今でも目に焼きついている。

・名前も分からない中坊の突然の告白を邪険にせず温かい言葉をかけてくれたことについて、今も心から感謝している。文音さんとの対話はこれっきりで人となりはほとんど分からなかったが、きっと優しい人なんだと思った。


・今思うと何がしたかったのか自分でも分からない。告白をして文音さんと付き合いたいとか仲良くなりたいといった発想はまるでなく、ただただ溢れる想いを伝える必要性に駆られていたのだと思う。

・ただのストーカーだ。自分のしたことが本当に恥ずかしいし、された側からすれば大層気持ちが悪かったと思う。しかし、この告白の経験を消し去るべき黒歴史と思いたくはない。

・この文音さんへの決死の告白の1週間ほど後、たろう氏は体育の授業で脚を骨折をしてしまい長きに亘り松葉杖生活となってしまったのだ。

・その状態のまま3年生の文音さんは中学校を卒業。2度と会えない人となった。

・もし、あの日あのタイミングで告白をしていなかったら、初恋の人に想いを告げることは出来なかった。一生もやもやしていたかもしれないし、文音さんに関する美しい記憶は風化されていたかもしれない。

・「千載一遇」。これはたろう氏が常日頃から頭に入れている言葉だ。千載一遇の機会にはここ一番の勇気を出して信念を貫く。結果がどうあれ、それが生きていく上で最も大切なことだと思う。あの時の精神は今もたろう氏の生きる原動力となっている。

・あの時勇気を振り絞って良かった。文音さんには大切なことを教えてもらった。


文音さん、迷惑かけてごめんなさい。でも、...初恋の人になってくれてありがとね。