たろう氏のブログ

全てノンフィクションです

【②家庭内有事発生(下巻)〜宣戦布告〜】

・喧嘩は日々激しさを増していった。

・DVとまでは言わないが、逆上した灰原嫁はたろう氏に殴りかかろうとしたり、物を投げつけたりしてきた。「いつかこの包丁で貴様を刺し殺す」と宣言されたこともあった。

・それでもこちらからは決して手を出してはならない。たろう氏は必死に堪えていたが、怒り狂ったたろう氏が「実写版祟り神」となり暴れ回る未来も現実味を帯びてきていた。

・そんな中、ある事件が起こった。たろう氏にとってはいつもと変わらない犬も食わないただの夫婦喧嘩が起こったのだが、灰原嫁の心は既に限界を迎えていたのだった。

・翌朝家を出るとき、たろう氏は玄関から何かがなくなっていることに気がついた。

・2人が結婚したときに記念に撮った写真だ。

・たろう氏と灰原嫁にとって最も大切だったはずの写真、それを灰原嫁は捨て去ってしまったのだった。

・この行為が意味することは勘の鈍いたろう氏にもよく分かった。敵国の軍事演習が始まったのである。

・また、灰原嫁との喧嘩は日増しに後味が悪くなっていった。喧嘩をした時はどう行動すべきだったのかを話し合い、お互い謝るところは謝って直すべきところは直していこうといった建設的な方向に話を落ち着かせて、ひとまずその日のうちに喧嘩を終了させることをたろう氏は心掛けていたのだが、翌日になっても灰原嫁はLINEでグチグチと不満をぶつけてくるようになっていった。

・灰原嫁は基本的に在宅勤務なので、仕事中でもお構いなしにLINEでバンバン喧嘩を売ってくる。

・これがたろう氏には1番堪えた。外にいる間くらいは家庭のことを忘れさせてほしい。

・「仕事中にスマホをいじるなどあり得ないし、伝えたいことは面と向かって言ってほしい」たろう氏は灰原嫁にその様に伝えた。10回以上は伝えたと思う。

・それでも灰原嫁は辞めなかった。いつしか、たろう氏をLINEで傷めつけることが灰原嫁のストレス解消の手段になっていた。

・とうとうたろう氏の我慢も限界を迎えた。「喧嘩後の不満LINE送るの辞めないんならLINEブロックすんぞ」とやや脅迫じみた言い方でたろう氏は灰原嫁を威圧した。これだけ言えばさすがに辞めてくれるだろう。そう思った。

・しかし、その翌日LINEブロックされたのはたろう氏の方だった。

・「そんなに嫌ならこっちからブロックします」という灰原嫁からの意味不明な声明を受け、ここまでするかとたろう氏は落胆するのであった。

・度重なる軍事演習の総仕上げとして、夏のある日灰原嫁からの最後の忠告があった。

・「あんたはいつまであたしをここに縛りつけておくつもりなの?あんたは女のことを知らなすぎる。他の女のことを知らない限り、あんたがあたしの気持ちを理解することは出来ない。よそで女を作って別居でも何でもしてみろ。女の実態がよくわかるから。こんな許可出してくれる嫁他にいないよ。」

・夫婦関係が完全に破綻した今、この発言はたろう氏からの宣戦布告を煽ることを意図しているのだと思っていた。この発言のフラグにたろう氏はまだ気がついていなかった。

・その時は「他の女なんて、おれには何の縁もない話なんだが」くらいにしか思わなかった。夜も遅く眠かったので、この話の半分は聞き流していた。

・しかし、灰原嫁のその発言の丁度1週間後、たろう氏は光に導かれるが如くある人物に恋心を抱くことになる。

・そう、コニタンである。

・たろう氏の傷だらけの心は天使の様に優しいコニタンに自ずと惹かれていった。

・コニタンへの恋心の始まりは、まるでそうなる事が体内にプログラムされていたのかとさえ感じてしまう。それ故に期待はかなり大きかった。

・しかし、その恋心は燃え上がった瞬間に行き場を失ってしまった。

 


・コニタンから早々の脈なし判定を喰らったたろう氏は朦朧とし弱り果てていた。

・そんな中またしても灰原嫁との喧嘩が勃発。喧嘩しなければいけないほどの内容ではなかったが、失恋うつによる鬱憤も相俟って、たろう氏の怒りは大爆発。たろう氏は一瞬にして祟り神となった。

・そして、祟り神となったたろう氏は灰原嫁に長年言えなかった一言をついに言い放った。

・「出ていってほしい」

・この宣戦布告により全てが終わる。灰原嫁は喜んで家を出て行き、たろう氏はついに解放される。そう思っていた。

・しかし、灰原嫁の答えは予想と違った。

・「...。一緒にいたい。」

・はっきりとそう言ったわけではないが、灰原嫁の伝えたい要旨はそうだった。

・灰原嫁は続けた。

・「この4年間1度も体で触れ合っていない。愛されているのかずっと不安だった。寂しかった。だから冷たく当たってしまった。その点は反省してる。もう一度やり直したい。」

・つい数日前にした会話なのだが、何故かこの会話の内容は脳味噌にはっきりとは記憶されていない。

・しかし、灰原嫁が伝えたい想いだけはたろう氏の脳裏にくっきりと焼きついている。

・灰原嫁よ、お前ってやつは、、ここまで傷つけられながらもまだおれと一緒にいたいと想ってくれるのか...。

・たろう氏は感情がパンクした。


つづく

【②家庭内有事発生(中巻)〜育児とコロナ〜】

・甘い新婚生活も終わりを迎え、敢え無く魔法の力は失われてしまった。

・今から4年ほど前の長男の妊娠に伴い、夜の営みはすっかりなくなったのである。

・なんだろう、愛情が薄れた訳ではなかったのだが、自然とそういう気分ではなくなったというか。これもまた人間の本能なのだろうか。

・そして、追い打ちをかけるように新型コロナウイルス感染症が大流行。この状況で妊婦と叡智をしたいと思える訳がなかった。

・1回目の緊急事態宣言の最中、長男が誕生。子をもつことが夢だったたろう氏は心の底から灰原嫁に感謝した。

・子どもが生まれ、家庭はより一層幸せな場所になっていく。その様に確信していたものの、現実はそう甘くはなかった。

産婦人科から長男を連れて家に帰ってくるなり、しばらく灰原嫁の笑顔が見られることはなかった。

・灰原嫁は常に何かをしていた。研究者でもある彼女は育児についても研究するが如く、ああでもないこうでもないと最適解を求め続けていた。

・一方たろう氏も仕事を短縮勤務にするなど、仕事との兼ね合いの中で最大限家庭を優先したつもりだったが、家庭においては明らかに灰原嫁のお荷物となっていた。

・「これだから男は使えない」。育児を経験した女性であれば皆この言葉に共感出来るのではないだろうか。

・次第に灰原嫁の口からは「早く帰って来い!」「ふざけんな!」「ほんとお前は楽でいいよな!」「こっちは貴様と違っていつも大変なんだ!」といった罵声が発せられるようになった。

・これに対してたろう氏は「ごめんね」「おれが悪かったよ」「もっと頑張るよ」「おれも早く家に帰るから、たまにはゆっくり休んでね」といった考えうる優しい言葉を全て掛けてきたつもりである。

・仕事は毎日定時(あるいは時間休暇取得で早上がり)で上がり、子どもをお風呂に入れ寝かしつけをし、休日は朝から晩まで世話をした。また、コロナ感染の心配も含め外出は可能な限り控えた。

・子どもが生まれてから3歳になるまでの3年間でたろう氏が参加した飲み会はたったの2回。この数字が事の深刻さを物語る。

・全ては家庭のため灰原嫁のため。そう思い辛抱し続けてきたが、たろう氏は人間の忍耐力に限界があることを知った。

・元々たろう氏は忍耐力に自信のある方だった。大学受験においては、多い日で1日15時間程度勉強し続ける事もあったし、大学3年の時に経験した東日本大震災においては、帰宅難民となりながらも都内から千葉県の自宅まで14時間かけて自力で歩いて帰った。自身の中学校の卒業文集につけたタイトルは「為せば成る」である。

・忍耐に日本人さながらの美徳を感じていたたろう氏であったが、その類の人間が忍耐を辞めた時の反動は凄まじかった。

・「うるせぇな」「知らねぇよ」「いい加減にしろ」と言った心無い罵声は次第にたろう氏の方からも発せられる様になっていた。

・もはや自分がどんなに頑張っても無駄であるという感情が芽生えてからのたろう氏の冷め具合は尋常ではなかった。

・最初は育児に関する喧嘩だったものが、次第に互いの人間性を否定し合う泥試合に発展していった。

・几帳面なたろう氏は灰原嫁のガサツな部分が特にカンに触った。

・気まぐれな灰原嫁はきっちり何でも決めたがるたろう氏が気に入らなかった。

・あんなに愛し合っていた2人がどうしてこうなってしまったのか。

・むしろ、よく結婚したなという気持ちにすらなってくる。

・「子はかすがい」というものの、我が家にとってはその逆であるように思えた。

・「もう、あんたとは一緒にいたくない。長男がもう少し大きくなったら、あたしはこの家を出ていく。貴様はシングルファザーにでもなりやがれ」いつしかこれが灰原嫁の口癖となっていた。

・「そんなに一緒にいたくないなら今すぐにでも出ていってくれよ」心の中ではそう嘆きながらも、「出て行かないでくれ」と心にも無く灰原嫁を説得し続けるたろう氏であった。


つづく

【②家庭内有事発生(上巻)〜たろう氏と灰原嫁〜】

・有事とは、何もロシアとウクライナの間だけに起こるものではない。どこの家庭にも起こりうるものなのである...。

 


・彼女との出逢いは今から7年前に遡る。3月の日差しがとても暖かい日だったのではないかと記憶している。

・出逢いの場は街のバレーボールサークル。学生から中年まで老若男女みんなで楽しくバレーボールが出来る居心地の良いサークルだった。

・たろう氏は高校で1年半ほどバレーボールをしていた程度の実力であったが、健康のため、そして願わくば良い出逢いがあれば...というほんの僅かな下心を胸に週末のバレーボールに勤しんでいた。

・そんな中彼女との出逢いは訪れた。チーム分けをしてたまたま同じチームだったので、「学生さんですか?」とたろう氏の方から声を掛けたのが始まりだ。

・(この時彼女が本当に学生に見えたのかどうか現在の記憶では定かではないが、とりあえず若く見られた方が女性は喜ぶのではないかというたろう氏渾身の恋愛テクニックがここに披露されたものと考えられる)

・「いや全然社会人です!」彼女はその様に答えた。後で聞いたら同い年(当時26歳)だと判明。むしろ童顔のたろう氏の方がおべっか抜きで高校生くらいに見えたとのことだった。

・彼女は理系女子で研究の仕事をしていた。その上やや無愛想な表情や髪型も相俟って、彼女はまるで名探偵コナン灰原哀を実写化した様な雰囲気の女性だった。(以降、彼女を灰原嫁と記載)

・灰原嫁とサークル活動後に連絡先を交換したが、たろう氏は正直そこまで期待をしていなかった。過去にサークル内で連絡先交換をした人が片手に収まる程度の数はいたが、恋仲に発展した人は1人もいなかったためだ。

・というよりもたろう氏は恋愛において全戦全敗。勝率0割0分0厘。セリーグのピッチャーをバッターボックスに立たせた方がまだ夢があった。

・しかし、灰原嫁との関係はたろう氏の予想に反した。2人の関係はまさしくとんとん拍子で深まっていったのである。

・きっかけは何だったのだろうか。家庭環境が似ていたことや趣味が合うこと、一緒にいて居心地が良かったことなどもあり、「なんか、灰原嫁のことずっと昔から知っている様な気がする」とLINEで何となしに伝えられたあたりだろうか。向こうから「あたしも同じ様に想ってた」と返ってきたのには大変驚いた。

・好きなんだけどただの好きとはちょっと違う何かがあった。それが何だったのかは今でも説明がつかない。

・3月に出逢ったばかりの2人は4月初めに交際を開始し、5月のGWには枕を交わす間柄になっていた。

・ここで1つ自分の名誉の為に申し添えておくが、たろう氏はけっして遊び人ではない。むしろ、前述の通りたろう氏は紛うことなき恋愛弱者である。

・さらに特筆すべきは、手を繋ぐことも最初のキスも叡智も向こうからだったことだ。

・「灰原嫁って積極的だよねー」みたいなことを何かの折にたろう氏が言ったことがあったが、「そんなことない!あなただからそうしているだけ!」という激甘な返事が返ってきたこともあった。

・そして、控えめに言って、灰原嫁との叡智は最高だった。そこには、お互いが愛し合っているからという人間的な理屈を遥かに超越した動物の本能とも言うべき相性の良さがある様に思えた。

・2人は何度も何度も求め合った。一緒にいられることが幸せだった。

・約1年半の交際期間を経て2人は結婚。その後は2度の引越やたろう氏の転職などもあり、生活の変化の中で喧嘩をすることもあったが、全ての問題は叡智の魔法によっていとも簡単に解消されていた。

・この頃は良かった。なお、これは思い出補正ではない。


つづく

【①コニタン物語(下巻)〜陸上競技大会の奇跡〜】

・コニタンとのLINE交換の天王山となる課の飲み会が10月中旬に催される予定だったが、未熟な幹事の調整不足により1ヶ月の延期を余儀なくされた。

・なお、未熟な幹事の名は「O」という例の危険人物である。コイツめ、やはりやってくれる。

・飲み会の1ヶ月延期に大いに落胆するたろう氏であったが、ここで奇跡が起こる。

・9月下旬に陸上競技大会があり、運営スタッフとして課から4名の協力者が必要となったところ、なんと、これにたろう氏とコニタンが選ばれたのだった。

・まさに捨てる神あれば拾う神あり!たろう氏はこの千載一遇の機会を決して逃さぬよう万全の準備を施した。

・待ちに待った当日、会場(陸上競技場)には100人以上の関係者がおり、まさしく衆人環視の状態。こんな状態で自分の仕事が出来るのだろうか。

・しかし、競技者並みの使命感に満ちたこの日のたろう氏は一瞬の隙も見逃さなかった。運搬作業の都合で奇跡的に医務室でコニタンと2人っきりになる時間があり、LINE交換のミッションを見事達成することができたのである。

・「今日バタバタしててお互い連絡取り合う機会もありそうだから、今のうちに連絡先聞いといてもいい?」練りに練った台詞をたろう氏が読み上げると、「ありがとうございます!」とコニタンは二つ返事でLINE交換に応じてくれた。う嬉しい!嬉しすぎる瞬間だった。

・「ありがとうございます!」というコニタンの言葉の真意は読み取れなかったが、拒むことなくすぐにスマホを差し出してくれたことが幸せだった。この医務室でのやりとりは一生忘れないだろう。

・思い起こすと、たろう氏は社会人になってから12年、職場の人に自分の方から連絡先を聞いたことは男性女性問わず1度もなかった。職務の範疇を越えて関係を深めたいと思える人物は職場には存在しなかったのである。それだけコニタンの存在は特別だったのだ。

・LINE交換をした後は、仕事をしながら一緒に会話をしたり、競技場の国旗を2人で仲良く掲揚したりと幸せな時間を過ごした。

・そして、仕事が終わった後は一緒に駅まで歩いて帰り、流れでスムーズに夕食に誘う事ができた。

・「どこ行きますか?」となり、出張先からコニタン最寄駅の間のターミナル駅である大手町へ移動。

・まさに有頂天のたろう氏であったが、ここまでは全てたろう氏の計画通り。大手町を決戦の地と睨み事前に入念な現地視察まで行なっていた。

・夕食まで時間があったため、丸の内の丸善で少し時間を潰すことにした。コニタンはマンガが好きというオフィシャル情報があったため、マンガコーナーに連れて行き、とても楽しい時間を過ごした。なお、これも計画通り。

・夕食はオシャレさがありながらも頑張ってる感を出さない店の選出を心掛け、絶妙のバランスを持つ大戸屋をチョイス。お高い店が多い大手町だけに現地視察をしておいて本当に良かった。

・夕食を食べながら色々おしゃべりをした。やっぱりコニタンは聞き上手で些細なことでも何でも気持ちよく話することができた。

・コニタンの方も仕事の愚痴など色々話してくれた。業務上あまり利害関係のないたろう氏には話がしやすかったのだろう。

・普段仕事を一生懸命頑張っているコニタンが愚痴をこぼす姿はとても可愛らしく心に刺さった。

・会話をしながら何度もコニタンと見つめ合った。意識的に5秒近く目を合わせられたのではないだろうか。幸せな時間である。

いちご100%集英社)によると、3秒目が合えば脈ありとのことだったので、たろう氏は歓喜していた。

・食事の手も止まり、気がつけば1時間半近くも話し込んでいた。

・帰りの電車もおしゃべりしながら帰った。

・女性とのデート(たろう氏にとって)は久しぶりであり、恋愛をすることの嬉しさが込み上げていた。やっぱり好きな子とのデートって最高だよな。この胸のトキメキは何年振りだろう。

・別れてからはその日のうちにすぐLINE。「今日はありがとね」くらいの内容で、ガッつかないようにすぐ切り上げた。

・たろう氏は、長年憧れていたコニタンとの距離を一気に詰めることが出来たことだけでなく、緻密な計画を確実にこなすデスノート夜神月スターウォーズパルパティーンに自分の姿を重ね悦に浸るのであった。

・ここまでが「陸上競技大会の奇跡」。

・そして、コニタンとのLINEはその後たったの2通で「既読スルー」という形で終焉を迎えることになった。職場でも何となく避けられている様に感じている。

・たろう氏は現実を思い出した。「そうだった。恋愛って無理ゲーなんだった。」


つづく

【①コニタン物語(中巻)〜恋の知らせ〜】

・「...。」

・出張の間、コニタンのことは楽しく会話が出来る明るく素直で可愛い後輩としか考えていなかった。

・しかし、出張が終わった今も彼女のことを想ってしまうのは何故だろう。

・彼女のことを想うと幸せな気持ちになるのは何故だろう。

・そうか。これは「恋」だ。

・たろう氏の心の奥底に長年仕舞い込まれていた感情が突如甦った。たろう氏の心はコニタンへの恋の知らせに気がついたのだ。途端にたろう氏の心の声は辺り一面に響き渡った。〜コニタン、好きだよ。大好き。あなたのことが愛しくて胸が張り裂けそうだ。どうしようもないくらい、好き。〜

・会話が苦手なたろう氏をここまで会話で楽しませる会話力。素直な可愛い後輩で仕事の相性もばっちり。さらに、女性として人として尊敬できる思いやりの心と徳のある人柄。そして、誰よりもキュートで魅力的な容姿。その全てが愛おしく狂おしい。こんなにも好きになれる女性が今までいただろうか。

・コニタンとの出張でのひと時を経て、たろう氏は人と会話をする行為自体が好きになっていた。恋をするって素晴らしい。

・長年変わることのなかったたろう氏の価値観さらには人生観さえも変えてしまったコニタンはたろう氏にとってかけがえのない存在であるに違いない。

・この想いをただの一夏の思い出として終わらせてしまっていいのだろうか。大事な人にもっと近寄りたい、この想いを伝えたい。そして、...。イケない感情が次々と芽生えようとしていた。

・眠れない。コニタンへの想いがたろう氏の心を支配しているせいだろうか。コニタンのことが頭から離れない。自分でも信じられないが、本当に一睡も出来ない夜もあった。身も心も蝕まれていく。毎晩好きになっていく。

・このままではいつか本当に身を滅ぼしてしまう。この症状は文字通り「恋の病」だった。

・どうすればこの病を治せるのか。たろう氏は大いに悩んだ。コニタンとの距離を縮めようにも、こともあろうにたろう氏はコニタンの連絡先を知らなかったのだ。

・だが、これはたろう氏の失策ではなく目論見通りだった。出張の間、コニタンとLINE交換する機会はいくらでもあったが、たろう氏は敢えてそれをしなかったのだ。

・既婚者であるたろう氏は結婚して以来、女性の連絡先を自分からは聞かないようにしていた。「好きになってしまうといけないから」そう思って、火を起こすような行動を意識的に避けていたのだった。

・しかし、結果的に火はついてしまった。大炎上である。こうなるくらいなら、あの時LINEの1つくらい聞いておけば良かった。カッコつけたろう氏の大馬鹿ヤロー!!たろう氏は悔恨した。

・とは言え、悔恨していても仕方がない。またの機会を待つことにしよう。10月には課の飲み会が催されることになっている。その飲み会でコニタンに接近することが出来ればLINE交換の機会はきっとあるはずだ。

・たろう氏に望みが出てきた。しかし、LINE交換した後はどの様に距離を詰めていけば良いだろうか。

・相手は8歳年下の女性。さらに既婚者であるたろう氏といきなり2人で会うことは非常に難度が高い。ここは、たろう氏の協力者を作る必要があるという結論に至った。協力者はコニタンとそこそこ仲が良くたろう氏とも同じ係の後輩O(オー)の他に思い当たらなかった。

・しかし、このOという娘、悪い人間ではないのだが、どこか思慮に欠け信頼を置けない部分があった。

・思慮に欠けるエピソードの例として、課長が体調不良で休みになったという旨の課内メッセージが出された際に、そのメッセージに対して「いいね」ボタンを押してしまったことがあった。それも2日続けて。意味がわからない。

・しかし、それでも今はこのOしか味方にできる人間はいない...。たろう氏は病と必死に闘いながら、ダイジョウブ博士に自分の将来を託すかの様な心境で来たるべき時が来るのをただじっと待つのであった。


つづく

【①コニタン物語(上巻)〜運命の悪戯〜】

・2020年4月。たろう氏の職場に1人の新入職員が配属された。

・ぱっちりとしたつぶらな瞳に凛々しいショートのヘアスタイル。マスクで覆われたそのご尊顔はあまりにも可愛らしかった。

・着慣れないスーツを身に纏う姿はまだあどけなく、長身ではないが華奢でスタイルが良い。ついでにパンツスタイルがその小さなお尻をとても綺麗に見せていた。

・電話を取る時はタジタジ。話しかけられるとオドオド。右も左もわからない新入職員の姿はただただ可愛らしく見守ってやりたくなるものだ。

・それがコニタンの第一印象だった。

・コニタンはたろう氏とは違う係であり、仕事上で会話をすることはほとんどなかった。

・たろう氏が席を離れると隣の島にいるコニタンの姿が目に入り、いつでも癒しを与えてくれる。たろう氏にとってコニタンはただの仕事中の癒しの存在だった。

・真面目で一生懸命働くコニタンの成長を陰ながら応援する。たろう氏はそれだけで満足だった。それ以上を望むつもりもなかった。

 


・時は流れ、気がつけば3年が経過していた。気弱な新入職員だったコニタンも今や4年目の頼れる若手職員へと成長していた。

・相変わらずたろう氏が仕事でコニタンと関われる機会は少なかったが、夏に運命の悪戯が起こる。

・たろう氏の職場では毎年7月から8月にかけて伊豆下田への出張があり、多くの職員が順々に出張に駆り出されるのだが、これにたろう氏とコニタンが1日重なる日程でたまたまセッティングされたのだった。

・たろう氏はこれを知り嬉しかった。と言うよりもむしろ不安になった。

・前述の通り、コニタンはたろう氏にとって仕事中の癒しの存在である。しかし、正直に自白すると、コニタンはたろう氏の1人の夜を慰める存在でもあったのだった。

・出張とは言え、こんなゲスな男が清廉潔白なコニタンと昼夜を共にしていいのか。社会的に糾弾されるような事態にはならないだろうか。率直にたろう氏大丈夫だろうか。

・そんな情け無い不安を抱えながらも、たろう氏はある決意を胸に、踊り子号に揺られながら伊豆下田に向かうのだった。

・「出張の間はコニタンを自分のお客様だと思って大切に接しよう」そうすればやましい気持ちも少しは晴れるだろう。そう願った。

 


・下田は温暖な気候ながらも最高気温は32度程度と都内よりも遥かに涼しく、豊かな自然と時折吹く海風の心地良さが開放的な気持ちにさせてくれた。これから始まるコニタンと過ごす時間を彩るのには申し分なかった。

・スケジュールの都合上、たろう氏が出張先に先に入り、2日後にコニタンが到着した。なお、コニタンはノーマスク姿での登場だった。

・たろう氏の職場は窓口業務があり、客の目もあることから、新型コロナが5類になってからもほとんどの人は普段の業務ではマスクを着用している。コニタンに至っては入社してからこの出張に至るまで人前でマスクを外したことはほぼなかったと思う。しかし、コニタンもまた開放的な気持ちになったのか出張中はずっとノーマスクだった。

・食事中にちらっとしか見られなかったコニタンのご尊顔。これがコニタンの本当の姿なのだと思うととても感慨深かった。

・つんとした美しい鼻にあひるの様に愛らしい口元。マスク越しに想像した通り、コニタンは綺麗な素顔をしていた。

・しかし同時に、コニタンは服装も含めてどこか雰囲気が地味であることに気がついた。

・超可愛いんだけどなんか地味。その絶妙なアンバランスさがたろう氏にとって魅力的に映り、いちご100パーセント(集英社)の眼鏡っ子東城を彷彿とさせた。

・「可愛い」出張中に何度この言葉が頭に浮かんできたことだろうか。

・買い出しの業務があり、コニタンは1人でお使いに行った。今出張先にはたろう氏がただ1人。そんなたろう氏に試練が訪れた。

・ふとコニタンのバッグが目に入った。〜あのバッグの中にはコニタンの大事な衣類が入っている。。周りには誰もいない。今なら。。。〜 1人の時間はたろう氏とゲスたろう氏の真っ向勝負が繰り広げられていた。

・しかし、「コニタンを悲しませることは絶対にあってはならない!さらに今は勤務中じゃないか!!」となんとか目を覚ました正義マンたろう氏はゲスたろう氏との死闘を制し、出張先での業務に集中するのであった。

・夕刻になり、たろう氏はコニタンの帰りが遅いことが気になり始めた。通常1時間もあれば帰って来れるお使いなのだが、もう2時間を裕に経過している。。

・外は熱中症警戒アラートが出るほどの暑さ。まさか、コニタン道に迷ってどっかで倒れているんじゃ??

・たろう氏はそわそわし始めた。〜たろう落ち着け。コニタンの緊急連絡先は課内の連絡網に書いてある。しかし、心配だからって無闇に電話なんてしたらキモがられるのがオチだ。キモい先輩とは思われたくないだろ。もう少しだけ待つんだ。あと10分しても姿が見えなければその時にまた考えよう。〜

・などとたろう氏がそわそわしているうちにコニタンはぐったりとして帰ってきた。

・「遅くなりました。目当ての商品が見つからずお店を転々としていました。」そう言うコニタンは真っ白なブラウスを自らの汗でびっしょりと濡らしていた。

・「!?ェエッロォ!」普段のたろう氏及びゲスたろう氏なら確実に今のコニタンの姿を見て生唾を呑み干すシーンだった。しかし、この時のたろう氏は違うことを想った。このびしょ濡れコニタンを目の当たりにしたとき、遊び疲れて門限を過ぎやっとのことで家に帰ってきた我が子を優しく迎え入れる母親の様な慈しみの感情が芽生えたのだった。そして、大事な後輩が事故に遭わなくて良かったと安堵した。

・「暑い中ほんとにありがとね。疲れてるだろうから少し休んでてね。」これはたろう氏の心の底から出てきた言葉だった。それ以降、ゲスたろう氏の出る幕はもうなかった。

・頑張る後輩の姿というものは先輩の腐った心をも清らかにする。コニタンと一緒に仕事を出来たことに感謝だ。

・夕食の時間になった。出張先での食事は毎食委託業者の人達と10人程度でワイワイ食べるのだが、何故かこの日に限っては委託業者は夕食を外で食べるとのこと。結果的にたろう氏とコニタン2人だけの夕食となった。委託業者よ!何という粋な計らいなんだ。

・とは言っても今日までほとんど会話をしたことがないコニタンと2人っきりで間がもつだろうか。たろう氏は不安だった。たろう氏はただでさえ人と話すのが苦手な上に、中途採用のたろう氏と大卒4年目のコニタンの間には8つもの年齢差があった。何を話せば良いのだろう。

・しかし、その不安は杞憂に終わった。コニタンといると何故か会話のネタが次々と浮かんでくるのだ。不思議な感覚だった。

・特別面白い話をしている訳でもないのだが、どんな話をしてもコニタンはうんうんと話を傾聴し、くすくすと可愛らしく微笑んでくれた。

・またコニタンの方からも色々と質問してくれた。「旅行がお好きなんですね。今までどこに行きましたか?」「1番のおすすめはどこですか?」「お子さんとはいつも何をして遊ぶんですか」などなど。

・文字に起こすと実に凡庸な会話をしていたのだと気がつくが、その会話の1つ1つがこの上なく楽しかった。

・コニタンの明るく可愛らしい受け答えは、たろう氏の平凡な思い出達を1つ残らずかけがえのない宝物に昇華させてくれた。こんなにも聞き上手な女性には生まれて初めてお目にかかった。今日が生まれてきて1番楽しい日だと思った。

・夕食のカレーがいつまで経っても食べ終わらない。そのくらい2人の会話は続いていた。

・入浴後コニタンは白いTシャツに短パンジャージというラフなスタイルで再登場した。さらに、すっぴん眼鏡姿を惜しげもなく披露し、持ち前のその地味さがより一層際立った。また、ぱっちりお目目が少ししょぼしょぼしてる感じがたまらなかった。そして、「この子、まさか『生娘』なんじゃね??」と本気で思わさせられるほどの透明感だった。(実際の真偽は不明)

・まるで家の中にいる無防備な女子高生の生活に密着させて頂いているかの様だ。てか、この出張何という役得!

・しかし、この時のたろう氏はコニタンの見た目がどうこうよりも、とにかくおしゃべりが楽しかった。

・おしゃべりだけでなく、仕事も2人で巧くこなし、我らこそ最高の先輩後輩の関係であると感じた。

・誤解のない様に申し添えると、たろう氏は人一倍仕事に熱心であり、仕事に熱中しているからこそコニタンとの会話も弾んでいたのだと思うことにしたい。

・21時には仕事が終わったので執務室内でコニタンとサシ飲みをした。ちなみに、コニタンとサシ飲みを出来るくらい仲良くなれるかというのがこの出張におけるたろう氏の裏ミッションだった。

・たろう氏はこの裏ミッションを見事達成。むしろ、ここまでコニタンに愛着が湧くとは正直思いもしなかった。

・サシ飲みはこれまで以上に会話が盛り上がった。外のゲリラ豪雨が全く気にならないくらいたろう氏はコニタンとの会話にのめり込んでおり、気がつけば時計の針は深夜1時を裕に回っていた。

・翌朝も勢いそのままに、おはようの挨拶をするや、たろう氏は持参し冷蔵庫で冷やしておいた缶コーヒーをここぞとばかりにコニタンに振る舞ってあげた。

・静寂でどこか眠たげな早朝。テレビを見ながら2人で缶コーヒーを飲み干す時間は風情があり何とも言えない心地良さがあった。

・何となしに外に出て見ると、昨夜の豪雨が通り過ぎた後の晴空にはとても綺麗な虹がかかっていた。

・「見て!虹が出てるよ!」たろう氏は執務室に戻るや考えるより先にコニタンを探し声を掛けていた。

・「え...?」コニタンを連れて再び外に出ると、ついさっきまであった綺麗な虹は姿を消していた。あれは夏空の悪戯だったのだろうか。2人はしばらく無言で佇んだ。

・虹とはとても儚い産物であると知った。まるでたろう氏のこれからを占うかの様であった。

・あと数時間で楽しかったこの出張も終了。たろう氏は残された時間を余すことなくコニタンへの業務引き継ぎに費やした。

・「また機会があれば一緒に仕事しようね!」そうコニタンに言い残し、たろう氏は出張先を後にした。

・たろう氏はこの出張に過去3度来ているが、「帰りたくない」などと心の底から感じたことは1度もなかった。二の足を踏みながらも、たろう氏は海岸を眺めながらとぼとぼと歩き始めた。

・コニタンはほんとに可愛い「後輩」だったな。同じ職場の人間と仲良くなれたことがたろう氏は嬉しかった。出張が終わった開放感も相俟ってたろう氏はこの上なく爽快な気持ちに浸っていた。

・たろう氏にとって、出張の醍醐味は出張が終わった後のほんのひと時の現地観光にあった。ここからがたろう氏にとっての本番である。今回はロープウェイで山に登ることにした。

・山頂から見下ろす港町の景色は最高だった。出張の疲れが癒されるとともにたろう氏はあることを想った。「あぁ、この景色をコニタンに見せてあげられたらなぁ...。」すると突然たろう氏の心に鋭い矢の様な何かが突き刺さった。

・「おや?この胸の痛みは一体...?」


つづく

【はしがき】

・「本日で33歳になりました。33歳というと『散々(さんざん)な1年』などと世間ではよく言いますが、この逆風を前向きに捉え『燦々(さんさん)と輝く1年』にしたいと思います。」

・...実にありきたりでつまらないコメントだ。

・たろう氏が10年前に勤めていた会社では誕生日を迎えた職員が朝礼で簡単なスピーチをされられる文化があった。名前も思い出せない先輩だったが、面白みに欠ける人物であったことだけは鮮明に覚えている。

・「自分はこんな芸のない33歳には絶対になるまい。機知に富んだ言葉を発し、周囲にとって常に価値のある人物にならなければならない」そう心に誓うものの、自分自身の10年後の運命など想像することもなかった。

・そして10年後の2023年、たろう氏は33歳になった。32歳も31歳もこれと言って尖った出来事はなかった。きっと33歳も何事もなく通り抜けていくのだろう。良かれ悪かれそれが自分の運命だ。

・しかし、33歳が半分を過ぎた頃、突如たろう氏の人生は大きく動き出した。世に言う「33歳の苦悩」はたろう氏にとっても例外ではなく、悩ましい人生の幕開けを知らせる狼煙なのであった。

 

つづく